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    土 1999年 画仙紙に墨 35×35
    ローマのギャラリー Studio Soligoの個展で発表した作品です。
    開催は2000年、これが初めての海外展でした。
    漢字を知らない人たちのことを思い、テーマに象形文字を選びました。
    「土」の字画は二本の水平線と一本の垂直線、発芽の姿を象っています。
    芽吹きの象形が、書とも絵画ともつかない作品になりました。
     
     
     
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    間 1999年 画仙紙に墨 35×35
    2000年のローマ展(Studio Soligo)の作品。
    「間」の字画構成は左右対称で幾何学的です。
    左右対称を崩し、さらに字画の直線をすべて曲線に置き換え、
    脱構築的に字画の再構築を試みました。
     
     
     
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    東 1999年 画仙紙に墨 35×35
    2000年のローマ展(Studio Soligo)の作品。
    「東」も「間」と同様、左右対称で幾何学的な字画構成です。
    直線の字画は曲線に、また曲線の字画は直線へと置き換えて再構築しました。
     
     
     
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    花 1999年 画仙紙に墨と染料 180×70
    2000年のローマ展(Studio Soligo)の作品。
    渡航時、トランクに作品を出来るだけ多く詰め込むため、
    トランクの最大内寸の幅で軸をつくりました。
    巻いた軸はコンパクトですが、広げると大空間にも負けない画面になります。
    極端な縦長という画面上の不自由が、今までにない自由な構図を生みました。
     
     
     
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    山 2000年 画仙紙に墨 90×90
    2001年、INSTITUT D’ARTS VISUELS展(フランス・オルレアン)に発表した作品。
    大字の床書きでは、数枚書くとあっという間に床が作品でいっぱいになってしまいます。
    しばらくは動かせないので、次を書くのをあきらめるしかありません。
    翌朝アトリエに来ると、墨はすっかり乾き、「山」の中に虚無僧が現れました。
     
     
     
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    風 2000年 画仙紙に墨 90×90
    2001年、INSTITUT D’ARTS VISUELS展(フランス・オルレアン)に発表した作品。
    翌朝墨が乾くと、なぜかこの一点だけが三次元の「風」に変貌していました。
    半分は人の手、残り半分は自然の手を借りて完成に至る。
    しみじみとそう実感した作品です。
     
     
     
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    火 2003年 画仙紙に墨 35×35
    2003年 Galerie Wild(ドイツ・フランクフルト)の個展で発表した作品。
    炎の鋭い煌めきと、ほのかな揺らぎをあらわしたい。
    筆線とその外に広がるにじみの間に強いコントラストを求めて、初めて宿墨を試した作品です。
    (注)宿墨とは、磨墨液を長期間留め置いて膠が変質したもの
     
     
     
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    水 2003年 画仙紙に墨 35×35
    梅雨時のこと。
    ガラスに思い思いの軌跡を残して流れる雨滴を見ながら、
    紙の上で墨滴を転がすことを思い付きました。
    紙を傾けると墨滴は膠の強い表面張力で紙面をコロコロと転がり、
    流れた後には一筋の墨跡が残りました。
    一滴一画、思うように行かないもどかしさが、思いがけないかたちになりました。
     
     
     
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    水 2004年 キャンバスに墨、アクリル 41×31
    墨とアクリル絵具。
    墨はキャンバスの上でゆらゆらと揺らぎ、
    アクリルはキャンバスにくっきりと留まります。
    たゆとう水と、はじける水。
     
     
     
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    土 2004年 キャンバスに墨、アクリル 33×24
    墨とアクリル絵具。
    相性の悪いふたつの画材を合わせました。
    墨は常に変化し、同じ墨でも昨日と今日では違う顔を見せます。
    一方、アクリルはいつも変わらず安定した発色を見せます。
    「諸行無常」と「永遠不滅」
    まるで東と西の価値観を映し出しているようです。
     
     
     
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    花 2005年 画仙紙に墨 35×35
    書の美はアクションの中にあります。
    アクションとは、連綿たる筆の動き。
    書きはじめから終わりまで筆脈が途切れないこと。
    そして運筆の速度と深度。
    遅速と深浅、その振幅が大きければ表情はより豊かになります。
     
     
     
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    風虫 2005年 画仙紙に墨 35×35
    風はどこから来たのか、誰も知らない
    風はどこへと去っていくのか、誰も知らない
    過去も未来も手の届かないところにある
    今吹き渡っている風を頬に感じ、この一瞬を精一杯に生きる
     
     
     
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    旦 2005年 画仙紙に墨 45×60
    「旦」という字を延々と書き続けているうち、
    いつしか字画が円と一本の直線に純化し、
    やがてこのかたちに行き着きました。
    これを契機として文字にこだわらない作品制作が始まりました。
     
     
     
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    無題 2005年 キャンバスにアクリル 31×41
    前作「旦」の延長から生まれた作品。
    前作ではまだ頭の中に字画のイメージがありましたが、
    これはアクションが完全にひとり歩きしています。
     
     
     
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    無題 2007年 キャンバスに墨、アクリル 80×80
    「書の美はアクションにあり」を敷衍して抽象ドローイングに至りました。
    アクションを支持体に直に伝えるため、キャンバスは床に敷いて書いています。
     
     
     
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    無題 2007年 キャンバスに墨、アクリル 100×60
    色を塗り重ねるのではなく、塗った色を落としながら完成に至ります。
    過剰よりも不足をよしとする日本文化の伝統、そして侘び寂びのこころが念頭にありました。
     
     
     
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    無題 2008年 キャンバスに墨 30×30
    花は散るから美しい。
    万物は常に流れ行き、いずれは朽ちる。
    古びていく過程にも美を感じ、朽ちゆくものへも愛を注ぐ。
    墨が徐々に流れ落ち、やがて消えていくはかなさの一瞬。
     
     
     
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    無題 2008年 キャンバスに墨、アクリル 31×41
    かつての日本、
    人口とは毎年増えていくもの。
    家族とは夫婦と子どもふたり。
    いまや日本の人口は毎年減り続けています。
    いま日本で一番多い世帯は一人暮らしです。
    会社勤めとは、すなわち社員のことでした。
    給料とは、毎年上がっていくのが当たり前。
    いまや、働く人の1/3が正社員ではありません。
    かつて言われた一億総中流は死語となりました。
    経済成長率やGDPを世界に誇っていた、ジャパンアズナンバーワンも過去の話です。
    私たちは、大量生産と大量消費の中を生きてきました。
    いまも右肩上がりの蜜の味を忘れることが出来ません。
    でも、日本社会は減衰の方向に大きく舵を切りました。
    ものは豊かになったが、それでも幸せを感じられないと言う人が増えています。
    伸び続けることがすなわち発展の証しであり、豊かさへの道なのでしょうか?
    いまこそ、覚悟をもって私たちの時代観を変えていく必要があると思います。
    時代を受け入れて、愁いをもってこころ穏やかに生きてみる。
    それによって躁の時代には見えなかった本当の豊かさが見えてくる。
    プラスの追求からマイナスの美学へ。
     
     
     
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    水 2008年 キャンバスに墨 30×40
    2008年、ミラノのアトリエで制作した作品。
    キャンバスの上で墨は浸透せず、溜まり、揺らぎ、そして遊ぶ。
    一画が乾くのに一日、二画目を書いてまた一日。
    気持ちを繋いでただひたすら待つしかありません。
     
     
     
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    生 2008年 ケント紙に墨、ボンド 35×35
    筆で書かれた一本の野太い線。
    もしミクロの眼で見れば、これは筆に束ねられた何千本もの毛が描いた線の集合体だということに気づきます。
    筆が線を書く時、一本一本の毛先はどのような動きをしているか。
    普段は意識することのない毛先の動きを軌跡に残せないものか。
    一本の線に宿る筆跡のリアリズム。
     
     
     
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    生 2011年 キャンバスにアクリル 33×24
    2011年3月11日、大地震のニュースは世界を駆け巡りました。
    ちょうどその日ミラノから帰国した私のところにも、「無事か?何か出来ることはないか?」
    海外の友人からメールが次々と届きました。
    イタリアのテレビでも日本の悲報が連日トップで流れていたのです。
    そして5月、私は再びミラノへ戻りました。
    トランクにはチャリティー展のために用意した作品32点。
    新聞から被災地の写真を切り抜いてはキャンバスに貼り、そこに一枚一枚「生」の一字を書き上げたものです。
    イタリアの方々の温かいご協力で作品の大半を売上げ、被災地へ義援金を送ることが出来ました。 
     
     
     
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    影 2011年 画仙紙に墨 175×70
    この頃から再び文字を書くことにこだわるようになりました。
    文字には造形とともに意味がある、
    文字は本来美しいかたちを持つ、
    文字には必ず書きはじめと書き終わりがあり、時間美を内在している。
     
     
     
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    月 2011年 画仙紙に墨 175×70
    画面と向き合うのではなく、敷いた画面にズカズカと自ら入り込みます。
    文字を書くのではなく、文字を書こうとする身体の軌跡を紙面に残します。
    腰を落とし、腕は円弧を描きます。
    途中で立ち位置を変えると、体動にムラやブレが出てしまいます。
    縦175cm、横70cmの紙面。
    両足のスタンスを変えず、腰から上をスウェイして筆が届くぎりぎりのサイズです。
     
     
     
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    風 2011年 画仙紙に墨 175×70
    筆を運んでいる途中、墨が紙にポタポタと落ちてしまうことがあります。
    この失敗を逆手に取れないものかと考え、墨を宙から飛ばしてみました。
    筆を空中で勢いよく振ると、墨は穂先からほとばしり、
    スイングの軌跡を描いて飛び散っていきます。
    筆は全く紙に触れないので、偶然性を大きく呼び込むことが出来ます。
     
     
     
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    花 2011年 画仙紙に墨 175×70
    前作と同様、「宙書き」を試みました。
    不慣れな「宙書き」も数を重ねると次第にうまく操れるようになります。
    巧みが過ぎると作品におごりとあざとさが出始めます。
    作意と無為の調和。
     
     
     
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    旦 2011年 画仙紙に墨 38×50
    旦は日の出の意。
    水平線から上る朝日を指し示しています。
    字画を点と円と直線で象形化して「宙書き」を試みました。
     
     
     
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    日 2011年 画仙紙に墨 38×50
    前作同様、「日」の字画を点と円で象形化して「宙書き」しました。
    一枚の所要時間は僅か数秒ですが、数百枚書いた山の中から最後に一点を選びます。
    選び取るのも制作の一部。
    長い時間をかけて一枚をすくい取り、残りをすべて捨て去ることで作品の完成とします。 
     
     
     
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    花 2011年 画仙紙に墨 38×50
    新しい筆触を求めて筆に変えていろいろなものを試しました。
    これは朽ち果てた竹を使っています。
     
    枝が老いたからといって花まで老いるわけではない
    歳を重ねた老桜も、春には毎年新しい花を咲かせる
     
     
     
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    樹 2013年 画仙紙に墨 32×42
    細微光峰、山羊から最も滑らかな選りすぐりの毛を集めた筆です。
    最高峰の化粧筆にも使われます。
    筆触のあまりの心地よさに、字画を超えて筆線がオーバーランして律動しています。
    この作品は三菱UFJニコス/DCカード、2014年カレンダーの表紙に採用されました。
     
     
     
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    空 2013年 画仙紙に墨 32×42
    繊細な線表現が最も難しい。
    どれだけ細く確かな線を書けるか。
    強い線は力を込めれば書けるものです。
    オーケストラも、フォルティッシモよりピアニッシモで真の腕が問われると言います。
     
     
     
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    旦 2013年 画仙紙に墨 32×42
    芸術には、時間に縛られるものと縛られないものがあります。
    書は音楽や舞踊と同様、時間に縛られる芸術です。
    書きはじめから書き終わりまで、時系列でたどることが出来るからです。
    書は、見ることの出来ない時間美をかたちあるものに定着させます。
     
     
     
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    空 2013年 画仙紙に墨 97×180
    色即是空 空即是色
    「空」は禅の教えを象徴する一字
    欲望、後悔、迷い、不安・・・
一切の煩悩から離れたとき、心に平安が訪れる
     
     
     
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    観音経 2013年 キャンバスに墨、アクリル 34x25x6
    この作品は東日本大震災追悼のため、2013年3月11日に制作しました。
    黒の下地に黒の文字。
    墨とアクリル、同じ黒でも光には違う反応をします。
    暗い闇の中でも微かな光を見出すことが出来るよう、思いを込めました。
     
     
     
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    光 2014年 画仙紙に墨 34×34
    20世紀、音楽は「調性」から「無調」へ、絵画は「具象」から「抽象」へと至りました。
    一方、書は中近世に確立した様式の中で洗練を極めてきましたが、未だその先の扉を開けずにいます。
    紙の上で筆を揮っているだけでは、書法の型からなかなか外へ出られません。
    それでは筆触を完全に排除してみようと考え、直書きを版に写し取りました。
     
     
     
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    林 2014年 画仙紙に墨 34×34
    前作同様、これも筆触を持たない版の作品です。
     
     
     
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    花 2014年 画仙紙に墨 114x61x4
    ひたすら書いていると、頭が空っぽになって格別な一枚が出来ることがあります。
    確かに自分が書いたのだが、その実感がない。
    でもよく見ると凄くいい。
    その一瞬、未だ見ぬ自分がそこに現前したような感覚になります。
    頭で作り上げるものではない、それは手足からふと生まれるもの。
    いい作品とはそういうものだと考えるようになりました。

    頭と手足を遮断するため、不慣れな左手で天地逆さまから書いています。
    肩や腕、手首の関節が通常と全く逆に働き、ストロークの範囲も変わります。
    未だ見ぬかたちが出現するか、奇をてらうだけに終わるか、それは紙一重の差です。
    ふたつの間をきわどく綱渡りしながらこの作品にたどり着きました。