はじめに(2016年6月)

1999年10月、僕は観光でにぎわうスペイン広場から程近いギャラリーにいた。ここはローマの現代アート画廊、Studio Soligo。イタリアだけでなく、広くヨーロッパにネットワークを持つ名だたる画廊だ。画廊主のRaffaellaさんがさっきから盛んに何か言っているが、さっぱり分からない。翌日あらためて通訳を聞いてびっくり。来年ここで僕の個展をやろう、と言われていたのだ。天にも昇る心地だった。
 その一年前に、僕はギャラリーアルテッセの桜田裕子さんとともに、この画廊を訪れていた。桜田さんは以前、東京で僕の個展を見て「中嶋の書は現代アートだ」と言い、ここStudio Soligoを紹介してくれた人である。作品を画廊主のFranco Soligoさんに見せると、「作品をつくるところを見たい」と言われた。その場で書くとFrancoさんはとても興味を持ち、「個展のオープニングにはパフォーマンスをしよう」と言ってくれた。海外展を切望していた僕は期待を胸に日本へと帰る。だが半年後、彼は急逝してしまう。
 突然の訃報を知り、この話はもう終わったものとあきらめた僕は、お悔やみを兼ねてローマを再訪した。そして、あの時のFrancoさんの思いが、後を継いだ夫人のRaffaellaさんの胸にしっかりと繋がれていたことを知ったのだ。
 翌2000年の4月、ローマ展は実現する。作品とともにパフォーマンスも評判になり、活動の場はヨーロッパ各地へと広がっていった。

2000年 Studio Soligo(イタリア・ローマ)

このローマ展のため、岩波映画監督の諏訪淳さんからいただいた言葉がある。「中嶋は、まだ知的行動に優先されている面がある。この域を脱した時、<書>でなければ表現できない< 美の力>が更に開けてくる作家である」。性分なのか、元々が建築コンサルタントだったせいか、どこか冷めていて頭が先走るきらいがある。我を忘れるほどの情熱がなければ……いつもそう思っていた。
 2001年に筑紫哲也さんと出会い、「手考足思」という言葉を知る。陶工・河井寛次郎は、手で考え足で思うのだそうだ。そうか、頭でなく身体だ! その年に招かれたフランスのオルレアン国立劇場でのパフォーマンス。僕は床に特大の紙を敷き、その上にズカズカと裸足で乗って「風」の一字を書いた。真っ白な画面の中に入り込むと、いつしか心は無となり身体は太極拳の動きとなる。字を書くというより、字を書く身体の軌跡が紙に宿った気がした。その時、未だ見ぬ自分が出現した。これが転機だったかもしれない。

2001年 オルレアン国立劇場(フランス・オルレアン)

三年後の2004年、フランスを代表する振付家Josef Nadjさんから突然連絡が入る。オルレアンでのパフォーマンスを見ていた彼は、名前だけを頼りに僕を探し出し、千葉のアトリエまで会いに来てくれた。そして、彼が芸術監督を務めるアヴィニョンの演劇祭に、アーティストの一人として僕を招きたいと言ってくれた。戸惑いつつ招待を受ける。後に、アヴィニョン演劇祭か世界三大演劇祭のひとつと知り驚いた。日本からはこれまで観世栄夫氏や勅使河原宏氏など、そうそうたる著名人が招待されていた。
 2006年、第六十回アヴィニョン演劇祭。夏のバカンスで賑わう南仏の古都アヴィニョンで、 延ベ千人を前にパフォーマンスを二週間続けた。教会で毎夜一枚の「月」を書く。壁にその夜の月が映し出され、天井には書かれた「月」が一枚、また一枚と毎日吊るされていく。十四日間で十四枚の「月」のインスタレーションが完成。この様子は一時間のドキュメンタリー番組になった。この時TBSプロデューサーの徳光規郎さんに言われたこと、「中嶋の原点は書だ」。この言葉、日本を離れてみて心底身に染みた。人は日常の外に出ることで自分とは何かを知る。

2006年 第60回 アヴィニョンフェスティバル(フランス・アヴィニョン)

髪を剃った時も非日常が見えた。誰彼から「お寺の方ですか?」と訊かれるようになり、これを機に禅に興味をもつ。風、月、水、花、空 …… どの字も禅の象徴そのものだと気づく。もともと好きで書いていた字が、お陰でますます大好きになった。
 2000年のローマ展以降、日本とヨーロッパ各地で個展とパフォーマンスを重ねてきた。その数は優に六十回を超える。そこにはたくさんの出会いがあった。その一つひとつが今日まで僕を導いてくれている。
数々の出会いと幸運に恵まれ、ここまでやってくることが出来ました。見守ってくださった全ての方々に心から感謝します。


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