ブログ

20 / 20« TOP...17181920

 今日でブログをはじめてちょうど2週間。当初の予想を超えてたくさんの方々に見ていただいています。ありがとうございます。

 下の作品は『土』。2000年に、はじめて海外のギャラリーで個展を開いた時、はじめて売れたのがこの作品。ローマのSoligoギャラリーです。代金のイタリア リラは記念として大切に持っています。もっとも、ユーロに移行した今では使おうにも使えません。

「土」という漢字は象形文字で、地層の中から植物が芽吹いた姿を表しているといわれます。この頃はよく象形文字を書いていました。字源を踏まえた文字のデフォルメを試みはじめたのがこの時期。この手の作品を日本で発表すると、まず「これは書ですか?」という質問。次に「何という字ですか?」と解読がはじまるのが常でした。タイトルと作品を見比べて、「ああ、そうか」と納得するのが第一。

 当時、イタリア人がこれをひとつの抽象表現としてとらえていたのが新鮮で、いまでもその時の感動が原点になっています。




「土」 35×35cm 1999年

Soligoギャラリー URL http://www.studiosoligo.it/

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com


 いまイタリア語を独習している。「言葉など話せなくても作品がよければ物事は前へ進む」という人もいるが、決してそんなことはない。個展ともなればギャラリーとの細かい打ち合わせは必須だし、そもそも自分の作品を説明することすら出来ない。作品を前にただ黙って微笑んでいても何も進まない。勉強をはじめて2ヶ月が過ぎた。はじめは順調だったが、ここにきて頭の中でイタリア語と英語が喧嘩をはじめだした。先住者の英語が、既得の陣地を侵されまいと新参者に戦線を布告している感じだ。

 外国語を学ぶ上で大切なのは、『言葉はコミュニケーションの道具である』という認識だと思う。われわれ受験英語で育った世代は、このあたりまえの認識が意外と足りない。相手とコミュニケートしたいという気持ち、それに伝えたい情報。この二つさえあれば、単語を並べて身振り、手振りだけでもある程度は通じる。だが、往々にして文法上の間違いを恐れるあまり、相手を前にして萎縮してしまう。三人称単数のsを付け忘れたことを妙に後悔したりする。相手は間違いに目を光らせる試験官ではない。むしろ、一生懸命相手の言語を話そうとするこちらに好意の目を向けてくれたりする。

 注目したいのは、外国語を使うことによって母国語の桎梏から自由になれるということだ。母国語だけの世界にいては気づきにくい。しかし母国語のもつ特徴や性能によって、私たちはコミュニケーションの流儀はもとより、発想や思考の方法までいつも制約を受けている。

 日本語の場合、相手の所属や地位、自分との関係などを念頭に置いて、その場にふさわしい言葉が選択されていく。「俺」と「お前」、「私」と「あなた」など、日本語の人称代名詞は相手との関係性によって決まっていく。一方英語の場合、こうしたしがらみから離れて、ただちにIとYOUで対等な対話が成立したりする。だがその一方で、「よろしくお願いします。」と言っても日本語の文脈の中でのそれのように英語は機能してくれない。英語は婉曲なあいまいさを許さない。誰が、何をするのか、話し手に主語と述語を明確にさせようとする強制力が働く。

 言葉を使うということは、その言語が独自に持っている思考の世界に入って行くことだと思う。少し大げさな言い方をすれば、外国語を使って外国人とコミュニケートした時、はじめて私たちは国の外へ出たと言えるのかもしれない。


中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com


昨日、帰り際に墨を落としておいた紙の切れ端。

今朝はすっかり乾いて、夜中に墨と水とがたわむれた跡が残っていた。

墨の調子を見るために書いた、ただのテストペーパー。

何の作為もない。でも、さりげなくておもしろい。

墨と水が出会うと魔物に変わる。にじみやたまりは変幻自在。

決して思い通りにはいかない。

だから飽きない。

我を出し過ぎてはいけない。

自分の仕事は半分まで、後の半分は素材本来の力にゆだねる。

そんな構えが出来たとき、墨と水はご褒美のようにいい仕事で応えてくれる。





中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com


 今日の新聞記事より。

「40代の中年は人生で最も幸福度が低く、日本人では49.8歳が最低—。」

これは、英ウォリック大学と米ダートマス大学の共同研究結果で、実に世界80カ国、200万人以上を対象としたもの。この傾向は先進国から途上国までほとんど変わらず、社会・経済的地位、子どもや離婚経験の有無なども関係なかったという。研究者の一人であるオズワルド教授は、「明確な理由は分からない」としながらも、可能性として、人は中年時代に実現不可能な夢をあきらめる一方、高齢者は友人の死を目の当たりにして残りの年月に大きな価値を見出すことなどをあげている。その上で、「70歳まで生きれば、20歳と同じような幸福と精神的な安心を得ることが出来ると強調している。

 50歳頃になると、ひとは人生の半ばを過ぎた自分の軌跡を振り返り、この調子だとこの先せいぜいこの程度だろうと諦観してしまうのかもしれない。『「まだ」と思えば上り坂、「もう」と思えば下り坂』という言葉を聞いたことがある。

 桜は、歳を重ねても満開の花を咲かせる。たとえ老木であっても、咲く花まで古いわけではない。生きている限り、毎年春になれば、精一杯新しい花を咲かせる。

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com


 今日も雪。昨日仕上がった4点(前記事のABCD)と、1月に書いた数点を合わせ、壁に貼って見比べる。結局、この中からEを選ぶことにした。AとEは最後まで残ったが、並べてみるとEの画面には奥行があり、黒い描線にも力がある。Aの方は平板的。やはり昨日感じたとおり、やや書き過ぎているように思う。

 同じモチーフをたくさん書けば書くほどいいものが出来るわけではない。一枚書くと次はどうしても前の一枚にとらわれてしまう。とらわれて過ぎて細部にこだわったり、技巧が前へ出て来たりする。過度の細部へのこだわりは線の力を奪い、過剰な技巧は時として見るものを遠ざけてしまう。カラオケで、一人マイクを握ってこぶしをまわし悦に入っているが、周りはすっかりしらけている、そんな情景にも似ている。

 動機の鮮度が落ちて来た時点で、そろそろこのモチーフから手を引く。いまここを掘り続けても、もうあまり期待できないことを経験で知った。明日からまた別な場所を探して掘りはじめる。だがこの穴は印をつけ、次にまた掘る時の楽しみとして残しておく。こうしてモチベーションのレベルを保っていく。

 E




中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


 先週から、雪の日曜日を挟んで4点の制作にとりかかっている。

 まず、70×70cmのキャンバス地を直に床に敷いて固定する。日を変えながら下地にグレー、次にその上から黒、そして最後に赤を入れる。今日で最後の赤入れを終えた。この中で作品として残せるものがあるだろうか。

 現時点では、Aがいいかなと思う。BとCは、はじめから円やクロスを書こうと意識し過ぎてつまらなくしてしまった。Dはグレーに黒を加えた時点でいけそうかなと思ったが、最後に赤を入れるべきかずいぶん迷った。やはりやめておいた方がよかったのかもしれない。迷ったときはやめた方がいいことが多い。「過剰よりも不足をもってよしとすべし」だ。

 今回の4点は、どれも少し書き過ぎているような気がする。漢字を書く場合は文字の点画に依存するので、最後の画を書いたところで終わりだが、この場合は筆を置くタイミングを見極めるのが難しい。

 明日完全に乾いたら壁に貼り、あらためて距離を置いて眺めてみる。画面に奥行きと動きがあり、イメージを喚起してくるものがあれば、作品として残せるかもしれない。ひとつでも作品をすくいあげたい自分と、妥協を許したくない自分との葛藤がはじまる。


A   B 


C   D 


中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


 昨日、古い資料を探していたら、懐かしくも『巨人の星』が出て来て思わず読みふけっていた。そう、あの星飛雄馬が主人公の熱血野球漫画である。探し物からすっかり脱線してしまったが意外な発見をした。この物語がまさに「守破離」の教えに繋がっているのだ。

 「守破離」(しゅはり)。世阿弥の『風姿花伝』にある言葉で、物事を学びはじめてから、独り立ちしていくまでの三つの段階を示している。最初は教えを守り(守)、次に自分なりの発展を試み(破)、最後には型を離れて独自の世界を創り出していく(離)。

 物語の中で、飛雄馬はまず魔球・大リーグボール1号を編み出す。この魔球は、暴投に見せかけ実は打者の構えているバットをピンポイントで狙いボールを当てて凡打にしてしまうもの。厳しい父から叩き込まれた豪速球と針の穴をも通すコントロールがあればこその魔球である。次の大リーグボール2号は消える魔球。打者の手元でボールがこつ然と消え、ホームプレート上でまた姿を現してキャッチャーミットにおさまる。打者は皆きりきり舞いだったが、やがてこれは父が現役時代に編み出した送球法を応用したものだと見破られ、ついにはライバルに打ち込まれてしまう。そして最後の大リーグボール3号。これは1号、2号とは全く違う。投法はそれまでのオーバースローからうってかわってアンダースロー、球はハエがとまりそうな超スローボールでコントロールは最悪。だが誰ひとり打つことが出来ない。ここに至って飛雄馬は父から完全に離れ、独り立ちしてついに『巨人の星』をつかむことになる。それにしてもこの漫画、さすがに当時大ヒットしただけあって、深い。

 「型にはまりたくない」と言っても、まずは型をしっかり身につけなくては自分らしさも出せない。だが、いつまでも型に安住していたら本当の一流にはなれない。

 棋士の谷川浩司氏の話を思い出す。氏はある雑誌のインタビューのなかで、何度もタイトルを穫る棋士と、どうしても届かない棋士との差は何かという質問にこう答えている。「150人ほどいる棋士のなかで、10〜20番くらいに位置する人に共通することがあるんですね。それは、定石からはずれられないということ。何が本筋かわからない人はそもそもプロにはなれない。でも、本筋の手しか指せない人はトップにはなれないんです。」

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


 今月、52回目の誕生日がやってくる。歳を取ることは仕方のないことだ。思うに、作風や技法は歳を取れば取ったなりに変わって行くものなのだろう。60代には60代だからこそ出来る何かがあるのだと信じたい。そして60歳の扉が開いた時、その何かに出会うためにも、50代に出来ることをあいまいにしておきたくない。いまだからこそ出来ることを、それが出来なくなる前にしっかりといい仕事として残しておきたい。

 いま、体動というものにこだわっている。床に敷いた画面の中に自ら入り込み、体動の軌跡を紙の上に残す。箒で地面を掃くような格好ではだめだ。心身のはずみが線に伝わらない。重心を深く落とし、からだを大きくつかうことで、過度の作為や小手先の技術から自由になり、無意識の力を呼び込むことができる。頭で考えた青写真を紙の上に再現するやり方では、どんなに出来が良くても100点どまり。だが無意識が作用すると、時に150点が生まれる。



Photo: Fred Nauczyciel

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


 4月からイタリアにアトリエをもつことに決めた。今のままでも作家としてどうにか生活していくことは出来る。だがこのまま日本にいると、日常の雑事に追われて漠然と歳を取ってしまいそうな気がした。もちろん、どこにいようと人は確実に歳を重ねていく。だが、異質な環境に身を置き、孤立した生活の中で自分を見つめた時、いったいどんな作品ができるものなのか試してみたかった。そうすることで、自分がどこまで通用するのか試してみたかった。

 2000年あたりから欧米での活動にこだわりはじめた。書が海外に紹介される機会は少なくない。日本の伝統文化のひとつとして、国際交流の道具立てに顔を出すことも多い。だがその一方で、書が現代のアートシーンでひろく認知され市場性をもつまでには至っていない。そこを打開するには、これまでのように年に数回出掛けて行く程度ではやはり限界がある。

 わざわざ時間と金をつかい、リスクをかけてまでなぜという考え方もある。だが、異なる言語をつかい、価値観の違いをこえて互いにコミュニケートできた時の喜びは大きい。しかも自分の作品がそれに介在したとなれば格別なのだ。

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


 ブログをはじめるとは思わなかった。だが、ある決心をきっかけにして、自分が日々何を感じ何を考えていたか、その轍(わだち)を書きとめておきたくなった。もちろん日記でもいいわけだが、それをあえて公開することで日々の自分を律することが出来るような気がした。人に見られていると思えば、いい加減なことができなくなる。このブログは、何かで行き詰まった時、自分に甘えないための目付役のようなものになるのかもしれない。

中嶋宏行 URL http://www.sho-jp.com/


20 / 20« TOP...17181920
PAGE TOP